2021/06/16

バッタ屋(現在で言うディスカウントショップ)(BU)

DATE: 10/06/2015 05:11:06

バッタ屋と言う商売をご存知か?

あれは、今で言うディスカウントショップとでも言うんか
倒産品や、会社整理の時
整理商品を現金片手に買い叩き
通常よりかなり安くモノを仕入れ、それを
現在で言う、ディスカウントショップに卸したり

お大手量販店の催事等に使われたりする
仕入れの達人の事を

バッタ屋
言う

当時、俺は24歳
ある人の紹介で1人でこの商売をしていた
Mと言う人物に紹介され
番頭として働くことになった。


Mは、ダイエーや、トポス、プランタンの
口座を持っていたのだが、
この口座

取るのが非常に難しく、そう簡単には取れないモノで
口座が無いと
ダイエーや、トポスに
商品を納品する事が出来ん仕組みになっており


いくら安く商品を仕入れても
口座を持っている業者を通さないと取引出来ない為
口座は喉から手が出るほど欲しい


口座
を、貸すだけで、
マージンを頂けるのだ、大体相場は
15-30%
下代から落とされる事になり


年間1億の商いをすれば
1500万~3000万円

労せずに懐に転がり込んで来ると言うシステムとなっていた

オッサン、Mは何故この
口座
を手に入れる事が出来たのか?



当時、大流行りのDCブランドを、オッサンMは
破格の値段で仕入れるルートを持っており
DCブランドは、20%OFFで
催事を打てば、売れ残る事は皆無で


各社のバイヤーにとっては、喉から手が出る目玉商品であり
関西エリアで
上代の45%OFFで卸す事の出来るのは、
オッサン、M以外にはいなかったので、バイヤーは
裏から手を回し
大手メーカーですら審査が厳しく取ることの難しい
口座
一個人の業者にはまず下りる事のない
審査を
軽々と通したんであった


この頃、ダイエーは日本全国に数百店を展開する巨大スーパーで
各店舗
100万の取引でも
その額は、1億にも登るんやから


どれくらいの商いができるか
想像してみてくれ!

オッサン、Mの会社は従業員
俺、1人の有限会社で
役員は、オッサンの身内が占める
名前だけで
現場に出てくる者はおらん


では、オッサンは商品を何処から、なんぼで仕入れているかと言うと
当時、扱っていた商品は

DCブランド、ディマジオ、ドルチェ(ライカ)
マンシング、ラコステ、ファイブフォックス、
ルイビトン、ROLEX、ミキハウス、ヒステリックグラマー、
ヒステリック・ミニ
イタリアンブランド、ジャーマンブランド、フレンチブランド等々


デザイナー物から、ヤクザブランド、海外ブランド
衣料品、宝石、雑貨、時計、貴金属
偽ドルまであったから
もはや、カタギの商売ではなかった


ほな、何処から仕入れていたか?

コピーなどではなく、まんま
本ちゃんで、仕入先は、驚くなかれ
「 窃盗団 」

当時も、今も、人差し指を90度に曲げた品の相場は
1掛け
相場は決まっている

40万のアルマーニのスーツなら
4万円

それを
22万円で卸すんやから
利益率は
45%
にもなる、凄い商売なんやこれが・・・


催事では20%OFFで
広告が打たれ、目玉商品と化すんやわ


まるで、スマグラー並みの
利益率以上かもしれんな


催事商品が売れ残らない理由の
1つ


ブランド、メーカーが
安売りを見つけると、全て買い上げるんで
売れ残ると言う現象は起きない


が、
メーカーも馬鹿ではなく
盗難品の商品の品番を控えており
警察へ報告


何度、俺の目の前で、オッサンが警察に連れて行かれるんを見た事か
俺も、何度事情調書を取られたか


しかし
オッサンが捕まる事はなかった

とんだ、食わせ物であるこのオッサン
M


東三国のホテルタイプのワンルームマンション
3部屋借り、事務所、倉庫として使っていた


商いが大きくなると
窃盗団だけでは追いつかなくなり

キャリアーと呼ばれる
台湾人のオバはん軍団が手荷物で
タイから


オッサンは、タイに飛んだ
タイは、近隣諸国で唯一ライセンス工場があったんで
オッサンはその工場に出向き
商品の横流しを行わせ



それを
キャリアーのオバはんが手荷物で運べるだけ運ぶ
マンシングや、ラコステのポロシャツには
ネックタグが取られ、胸の
ロゴ
には、全く別のロゴを
仮縫いし
ノーブランドとして税金を逃れており


日本に入って来てからは、内職のババァ達が
ロゴを外し、ネックタグを縫い付けると言う
工程を経て、変身させた。


まるで、麻薬のスマグッリングのようだ。

M
オッサンの裏技は

まだまだ続くが

公開はロックをかけるんで

次回、お楽しみあれ~

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