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<中国で密造されたオピオイドや覚醒剤が郵送でアメリカに流入。
しかし米中当局の間には捜査協力を阻む壁が>
違法薬物の発送には国際郵便が便利です――誰かが闇社会で、そう宣伝したに違いない。おかげで米郵政公社の検査員は大忙しだ。1年間に押収されるその手の郵便物は、合成オピオイドが約370通、ヘロインが1000通にコカインが2000通ほど、覚醒剤のメタンフェタミンは2500通を超えている。当然のことながら、検査を擦り抜ける郵便物はもっと多いと考えたほうがいいだろう。
とりわけ深刻なのは、鎮痛効果が高く最も致死性が高いとされるフェンタニルの郵送による流入だ。郵政公社検査局のゲーリー・バークスデール局長は今年7月に連邦議会の公聴会で、「郵送による違法薬物の流入を止めること。それが最優先の課題だ」と証言している。
フェンタニルは合成オピオイドの一種。米疾病対策センター(CDC)によると、2016年にフェンタニルの過剰摂取で死亡したアメリカ人は2万8000人を超える。捜査当局の関係者は議会で、違法なフェンタニルやその同類の違法薬物のアメリカへの「主たる供給源」は中国だと証言している。
フェンタニルはモルヒネの50~100倍の効果があり、純度100%なら2ミリグラムで死に至るとされる。米国土安全保障調査部(HSI)国内捜査部門のマシュー・アレンは、2018年10月に議会でこう証言した。フェンタニル1キログラムの仕入れ価格は中国国内ではおよそ3000~5000ドルだが、それをアメリカで売りさばけば150万ドル以上の稼ぎになると。
今年7月には米麻薬取締局(DEA)の北米大陸担当者マシュー・ドナヒューの証言により、中国のフェンタニル製造業者がアメリカ政府の監視をかいくぐるため、いったんメキシコやカナダ、カリブ海諸国に送り、そこから郵便で米国内に発送している実態が明らかになった。中国から直送するより、そのほうが怪しまれないからだ。
HSIのアレンは、中国政府に規制の徹底を求めても無駄だと警告した。今の中国には合法・非合法を合わせて16万以上の薬物製造業者がひしめいているからだ。それでも中国は今年4月、国内でフェンタニル類を危険薬物に指定し、規制対象にすると発表した。大きな一歩だ。今後はDEAと中国側が協力して取り締まりに当たれることになる。
容疑者は中国で逮捕されず
また、違法薬物の製造や密輸にはたいてい犯罪組織が絡んでおり、中国政府は今年、組織犯罪や地方レベルの汚職に対する集中捜査で1000以上の組織と3000人以上のメンバーを摘発したという。
中国の犯罪組織は古くからアメリカに根を下ろしている。例えばサンフランシスコなどでは、1860年代の時点で中国系ギャングがヘロインの密売や人身売買を手掛けていたという。1960年代以降は政府による組織犯罪対策が強化され、いわゆる組織犯罪取締法(RICO)によって、1985~94年だけで15の中国系マフィアが摘発された。
だが、ここへきて彼らは再浮上している。今年8月、米財務省の外国資産管理局(OFAC)と金融犯罪取り締まりネットワーク(FinCEN)は違法薬物密売絡みの犯罪組織の首謀者として、いくつかの中国企業と個人名を公表した。
その中に、2017年にミシシッピ州で起訴された顔暁兵(イェン・シアオピン、42)がいる。彼はメキシコ湾に面した同州ガルフポートに工場を所有し、フェンタニルをはじめとする違法薬物を製造していたとされる。そして少なくとも6年にわたって複数の偽名や会社名を用い、インターネットなどを通じてアメリカ国民に直接売りさばき、中国国内でも2つの違法な薬品工場を操業していたという。
それだけではない。彼は、米政府当局が合成オピオイドの密売人と認めた100人以上とつながっていた可能性がある。そのためノースダコタ州でも起訴され、オレゴンやフロリダ、オハイオ、ジョージアなど「あらゆる州」で犯罪行為に手を染めていた疑いがある。
だが、これで一件落着とはいかない。今の彼は中国にいて、中国側が彼を逮捕する気配はないからだ。ちなみにアメリカと中国は容疑者の身柄引渡協定を結んでいないが、もしもアメリカの法廷で有罪となれば最長20年の実刑、100万ドルの罰金を言い渡される可能性がある。
アメリカのDEAに相当する中国国家禁毒委員会の于海斌(ユイ・ハイピン)副主任は、「アメリカが中国人民を一方的に起訴したので、こちらの調査は難しくなった」と言う。顔の起訴後に、于は米メディアの取材に答えて「中国の法律に違反したことを示す決定的な証拠がない」と語っている。「アメリカ側も証拠を示していない。これでは(顔も、もう1人の首謀者とされる張建〔チアン・チエン〕も)起訴したり逮捕したりできない」
根強い中国政府「黒幕」説
それでも米司法省は、中国側も捜査に協力しているとの認識を示している。「向こうも頑張っている」と言うのは、過去に中国側と協力して捜査に当たった経験のある元DEA幹部のマイケル・ビジル。「ただし(違法薬物を)止めるだけの資金も人材もない。こっちも同じだがね」
ビジルは犯罪捜査への協力で上海市当局から表彰されており、自身も中国側の対応を高く評価している。しかしフェンタニル、そして覚醒剤の1つであるメタンフェタミン(どちらもアジア諸国に密輸されている)の製造を中国側が撲滅できるとは思っていない。
現時点でアジアの最大市場はタイだ。国連の調べでは、アジアで押収されるメタンフェタミンの半分以上はタイ国内で見つかっている。現時点で、日本の違法薬物市場はアメリカの足元にも及ばない。しかし戦後に米軍の備蓄品が民間に横流しされて以来、メタンフェタミンは日本社会の暗部に確実に根を下ろしている。
スウェーデン安全保障・開発政策研究所のバート・エドストロームが2015年に発表した論文「忘れられた成功物語――日本とメタンフェタミン問題」によれば、日本では過去に覚醒剤の大流行が3度起きている。
また関西医科大学の研究チームによる2017年の報告書「日本における薬物依存症の新タイプの増加危機」によれば、インターネット経由で匿名性の高い売買が可能になったことで、違法薬物の使用は増加傾向にあるという。今や日本と韓国は中国製メタンフェタミンの主要密輸先だと、国連も指摘している。
中国最強の麻薬密売組織とされる三哥(サンコー)は2018年、メタンフェタミンだけで80億ドルとも177億ドルともいわれる稼ぎを上げたとされる。「取り締まれるわけがない」と、ビジルは言う。「中国全土に40万もの製造元と販売元が存在するのに、当局の捜査員はわずか2000人だ」
取り締まるどころか、政府がフェンタニル製造を支援していると主張する関係者もいる。「中国国内でのフェンタニル製造については、完全に政府に責任がある」と断言するのは、かつてDEAの捜査官だったジェフリー・ヒギンズだ。
中国がアメリカの要請に応じると期待するのは愚かだと、彼は言う。「中国が薬物を問題視するのは乱用が自国の経済に打撃を与えるか、体制を揺るがしかねない場合のみ。今はそのどちらでもない」からだ。
ヒギンズによれば、違法薬物は中国政府にとってうまみがある。アメリカが摘発に力を入れれば、それだけアメリカ経済が疲弊する。一方で中国の麻薬産業は推定340億ドル規模の国際市場で「過半数のシェア」を維持している。「欧米諸国を助けるのは戦略的にばかげている......ドル箱の産業をつぶすわけがない」
この手の「中国政府黒幕説」は目新しいものではない。1971年段階でも、中国政府が麻薬の密輸に関与している疑いはあった。
「金持ち日本」が次の標的
しかし当時「国際麻薬統制のための大統領内閣委員会」に提出された資料を読めば、米政府は中国が麻薬の製造・密輸に関わっていることを示す明確な証拠をつかんでおらず、ベトナム戦争に従軍した米兵に中国がヘロインを供給したとする報告を陰謀説として切り捨てていたことが分かる。また世界に流通するヘロインの75%が中国政府の指揮下で製造されているとするイギリス政府の指摘も退けていた。
それでも今の中国政府は摘発に前向きのようだ。2018年12月、20カ国・地域(G20)首脳会議でドナルド・トランプ米大統領と習近平(シー・チンピン)国家主席が会談した数日後に発表された議会調査局の報告書によれば、中国はアメリカの要請に応え、フェンタニルなどを含む170種類の向精神薬に規制をかけ、フェンタニルの製造に使われる化学物質NPPとANPPも規制対象に加えたという。
今年1月には国営新華社通信が、「メタンフェタミンのゴッドファーザー」とも呼ばれる蔡東家(ツァイ・トンチア)の死刑が執行されたことを報じている。蔡は広東省陸豊市博社村の共産党支部書記だったが、その村では中国国内で製造されるメタンフェタミンの実に3分の1が造られていたという。
2016年7月に発表された米中経済・安保検討委員会の報告書によれば、アメリカで消費されるメタンフェタミンのうち90%は、今もメキシコの麻薬カルテルが製造している。しかし、原料となる化学物質の80%は中国製だ。
今年11月7日には、河北省でフェンタニルを製造、密輸した罪で9人が有罪判決を受け、そのうち1人は死刑を宣告された。この摘発は米中当局の共同捜査の成果だった。
捜査の糸口となったのは、米移民関税執行局(ICE)広州支部が入手した電話番号だ。国家禁毒委員会の于によれば最終的に20人以上が事情を聴取され、製造工場1つと販売ルート2つが摘発された。押収されたフェンタニルは11.9キログラム、その他の違法薬物も19.1キログラムあった。
DEAは今年、北京と上海に加えて広州にも支部を設置した。しかし、フェンタニルとの戦いの最前線はあくまで米中双方の郵便サービスだ。
国営中国郵政は協定により、アメリカ宛ての荷物に関する電子データを全て米郵政公社に開示することになっている。米郵政公社の捜査官はハーグの欧州警察機関(ユーロポール)とも連携している。
事前警告付きで中国から発送される荷物は2017年10月の32%から、2019年5月には85%まで増加した。ただし差出人の追跡は難しい。差出人の情報は故意に割愛されたり、あるいは不正確だったりするからだ。
ちなみに、前出の元DEA捜査官ヒギンスは中国側の対応を信用していない。中国の公式統計は信頼できないと指摘した上で、「中国が欧米のために一肌脱ぐと期待するのは見当違いだ」と一蹴する。「何年も前から、アメリカはオピオイドの蔓延に手を焼き、中国に協力を要請してきた。しかし中国政府には、初めから協力する気がないのだ」
いずれにせよ、中国当局が本気で製造工場の摘発に乗り出しても、それで密輸を根絶できるとは考え難い。フェンタニルにせよメタンフェタミンにせよ、賢明なる製造業者は違法薬物の前駆物質を第三国に送り出している証拠が見つかっている。
その「第三国」とは、今まではメキシコだったが、今後はアジア諸国に近いインドになる可能性が高いと、DEAのビジルは言う。そのアジア諸国の中には、もちろん日本も含まれる。
ビジルは言う。「フェンタニルはいずれ日本に上陸する。日本は経済大国で、日本人は金を持っている。中国人に限らず、密輸業者なら誰だって狙っているはずだ」
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