親友Sに起きた悲劇(BU)
DATE: 05/15/2015
ある記事を読んでたら思い出したんで、
善は急げと
今書くことにした。
そう、俺の高校時代の親友に実際に起きた出来事であり、
何の脚色も誇大表現もない
あの出来事が無ければ、
S-は、
Hawaii で平和な余生を送っていただろう。
あの出来事とは、
Hawaiiを拠点に「サーフィン」をして暮らしていた
S -
年に1回日本へ里帰りしていた時
神戸の
シド&ナンシー
が
丁度、同じ頃に大陸制覇から戻ってた時と一致してた。
シドもまた、S-、俺と、高校時代の親友で、
当時、親友等は皆海外へと拠点を移しておりなかなか会う機会がなかったんので、
会わない理由がなかった。
そう、そうなんや。
その出会いは、S-にとっては
ヘロイン
との出会いでもあった。
S-の行動は早かった、
その、数週間後には
タイへと
ヘロインを
数百グラム持って帰ってきたのはいいんやが、
皆んなから、買い叩かれることになった。
理由??
(笑)い話ではないが、
「うんこ臭い」
これがりゆうだ。
炙りでやってる奴らが言い出した、
S-,これ、
うんこくさい!!
シリンジ使い達は躊躇した。
うんこ臭い品物
打って大丈夫かいな?
皆んなの疑問で、シリンジ使い達も、このネタに対しては、炙りでやり抜いた。
とか何とか言うてても、メンバー集まりギャーギャーが楽しかった。
そんなある時、
S-、再びタイへと飛んだ、
後に聞くのだが、この時S-、がタイに飛んだのは、
ブラジル → コロンビア
へ
ヘロインをスマッグルするためだった。
ブラジルでの取引は
危うくころされそうに成り、
2000ドル
奪われ、ヘロインの取引どころではなく、
逃げるようにコロンビアへと向かったと言う、
これは、S-、の妹のNちゃんに届いていた手紙で知ることと成り。
コロンビア、ボコタへ立つと言う手紙が最後に
S-,からの音信は途絶えたのだ。
半年が経とうとした頃、
Nちゃんの所になんと、
外務省の職員、大阪府警察本部長
自らが、来たと言う。
理由は、ボコタのホテルで身ぐるみ剥がされ
何もかも盗まれて(来ていた服も)おり
身元の判明まで時間がかかったと言う、
話によると、
ヘロインの取引を
S-、は、日本の感覚でおったんですよ。
ボコタのギャングは始めっからカモなヘロインをたっぷり持った日本人を
殺す。
のが目的で取引する気などなかった。
当然と言えば
当然だ
南米なのだ、
ジェントルな人種ではなく奴らら
ソルジャーなのだ。
トリガーを躊躇することなく引く
指
を持ってるんだ。
それが、日常、そして常識
話はこれで終わらなかった。
コロンビアの外務省が死体を日本へ送る手配をした。
腐った肉の塊を送る?
疑問符
??????????????????????
聞くと、現地では焼くことが出来ないとの
解答。
妹のNちゃんは、多額の費用を払い同意書にサインした。
その5日後、
再び、外務省の職員と府警本部長が
来た。
今度は、何と、
死体の中に
16キロもの
「コカイン」
が詰められてたと言う。
この事件である政府関係者が1人逮捕されたが
形式だけな人身御供うで、
逮捕された関係者は実際にはこの事件には関わっていない。
言い切ろう。
俺の抱える爆弾の1部であるのは間違いない。
書けない、
S-,は
壮絶な時間を過ごしただろう。
ココに、1つの動画を残しておく。
これが、カルテルのやり方だ。
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