【ヘルドクター・クラレのググっても出ない毒薬の手帳】
source元 Tocana
■夢が現実になだれ込んでくる! 大狂乱の幻覚世界 LSD
たった100マイクログラム(1グラムの1000分の1が1ミリグラム、1ミリグラムの1000分の1が1マイクログラム)という、埃と見まごうレベルの極めて微量でも体内に入ると、現実と妄想、つまり幻覚との区別
がつかなくなる薬剤があります。
それがLSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)という薬物で「麻薬」です。
1938年、サンド社(現在は製薬会社ノバルティスグループの傘下)で働いていたアルバート・ホフマンという化学者が、呼吸器や循環器の刺激薬の研究のため、有毒カビに感染したライ麦に生えるバッカク(麦角)というキノコのように黒く変形した麦から、様々な誘導体を作っていました。

1943年、再度この物質の実験を行おうとしたとき、偶然その薬品が手に付き、体に入り、ホフマンは凄まじい幻覚体験をします。
強い幻覚性があることを会社に報告すると、LSDは一時的に商品化され、人間の
認知の研究にも貢献しました。しかし、幻覚剤としての濫用が問題になり、各国で非合法化されました。日本でも1970年より麻薬及び向精神薬取締法で指定されています。
バッカクから抽出されたエルゴタミンを起点として25番目に合成された試薬なので、LSD25が正式名称です。他にもいろいろな誘導体があり、幻覚性はあったりなかったり。
極めて微量で効果を発揮するので一回の使用量も非常に少ないため、麻薬としては薄めて紙にしみこませた状態か、液体として遮光瓶に入れられて販売されています。
LSDの薬剤としての毒性は非常に低く、その毒性で死に至ることはまずありません。しかし、精神に非常に強く影響するため、トラウマを引き起こしたり、現実と幻覚の区別がつかなくなり、高所からの落下などによる事故の可能性があるため、他の麻薬と同様に危険な物質であることには違いはありません。
詳しくは後述しますが、LSDはインドール系アルカロイドで、治療薬の少ない群発性頭痛に効果があることが知られ、違法ながらも頭痛の緩和のために手に入れる人もいます。
また、2016年にアメリカの心理学者ジェームズ・ファディマン氏が、数
日に1回10マイクログラムのLSDを摂取すると、抗うつ病や抑ADHD作用、精神の高揚、充実感などなど、精神的な安定がもたらされるという本を出版して物議を醸しました。氏の研究はあまりエビデンスと呼ぶには不十分で根拠のある研究とは呼べませんが、かといって無視して良い効果でもないため、研究が続けられています。
欧米では合法的にこのマイクロドーズ療法をおこなうために、体内で分解してLSDになるプロドラッグ型の1-シクロプロピオニルリセルグ酸ジエチルアミド(通称1cP-LSD)などが販売されていたりします。
こうした薬剤の新たな側面が発見されると、アメリカはかなり柔軟に対応することが知られており、MDMAも現在医療用で限られた用途ですが使われています。法律での運用も「麻薬ダメゼッタイ」という四角四面ではなく、用法用量での規制法となっており、現在医療用にむけて研究も進んでいるようです。
●LSDの薬理学
LSD自体がここまで強烈な幻覚作用を持つことは非常に興味深いのですが、その全容は未だよくわかっていません。群発性頭痛の正体がはっきりしてないことから、なぜLSDが痛みを緩和するのかもよくわかっていません。
ただ、一部のセロトニン構造を持つ物質が頭痛に劇的な効果を持っていることは知られており、偏頭痛の治療薬としてナラトリプタン(商品名アマージ)などが実用化されています。ナラトリプタンもセロトニン骨格を持っています。
話を幻覚作用に戻しましょう。
LSDはセロトニン受容体の5-HT(2)受容体に対してアゴニスト(受容体に働いてスイッチを入れる物質)として働くことが知られていますが、どうやら他の受容体にも反応しているようで、それらの複合的なスイッチングによって、脳が現実を認知している部分をぐわんぐわんと変容させてしまうのです。
LSDなどの幻覚剤を使っている人の脳にPET検査を行ってみると、目を閉じていても何かをみているような視角野の活動がみられ、確実に「何か見えている」といえるのです。実際、LSDをやったことがある人の体験でも、「世界がぐにゃぐにゃと溶けていき、世界から入ってくる情報がぐちゃぐちゃになっていき、自分と世界の境界さえ曖昧になってくる」といった認知のバグりが生じることが知られています。
このバグりモードの時には突拍子も無い発想が出てくることがあり、そうした効能を狙って、特にアメリカのアーティストはLSDを利用することもあるようです。
また、このバグりは神秘体験ともなるようで、サリン事件を起こしたカルト教団であるオウム真理教も、イニシエーションと称して自家製の合成LSDを信者に飲ませていたという報告があります。何の事前情報もなく、いつのまにかLSDを服用させられて教祖の話を聞かされたら、教祖が神秘的な力を持っているように思えてくるのは間違いないでしょう。
古来より宗教と幻覚剤はつながりが深く、ネイティブアメリカンのシャーマンが幻覚性サボテンやクサヨシなどの成分を組み合わせて幻覚体験をさせる特別な配合を使っていたり、アフリカでもイボガという植物が儀式に使われていました。イボガからもイボガインという幻覚成分が見つかっており、こちらもセロトニン骨格を持っています。
さらにさらに昔、古代ギリシャではキュケオンという謎の秘薬が振る舞われていたと古文書に記されています。これはバッカクをなんらかの加工をして使っていたのではないかと言われています。バッカクのエルゴタミンは分子構造内にLSDを内蔵したような分子で、そこから何らかの形でLSDとして分解する古代の化学処理方法があったのかもしれません(残念ながら秘薬のレシピは残っていないため詳細は不明)。
またセイオウアサガオにはLSDに似た構造を持つリゼルグ酸アミド(LSA)が含まれており、2016年におきた埼玉県朝霞市の少女監禁事件で、犯人がさらってきた女の子に服用させて洗脳に利用しようとしていたそうです(あまり効果はなかったようですが)。胡散臭いモノと幻覚剤は相性が良いようで、古今東西使われ続けているのです。

分子構造をぱっと見すると、LSDは脳内の神経伝達物質であるセロトニンとは似ても似つかない感じがありますが、オレンジの部分に注目してもらえばわかるように、セロトニン構造を分子内に持っています。幻覚の発現には終末の窒素(N)にエチル基(Et)が2つついていることが重要なようで、誘導体のテストから、片方のエチル基を水素にすると幻覚活性が落ちることが知られています。
LSDは立体構造が重要な薬物であり、紫外線などでも分解してしまうため、ドラッグとして出回るLSDもそれなりに施設の整った環境で合成しなければいけません。なので、どうやってこっそり大量に作っているのか謎です。おそらくは、ホームラボレベルで具合を見ながら職人的な合成を行っている人間がいるのでしょう。
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